日々の瀬戸内国際芸術祭の様子や瀬戸内のいいひと、いいこと、いいものをお伝えしていきます。

瀬戸内宝探し:小豆島

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2010.04.27

【ご案内】今年も肥土山農村歌舞伎

毎年5月に開催される小豆島の肥土山農村歌舞伎。今年は3日に開催されます。瀬戸内国際芸術祭でも公演予定の農村歌舞伎を一足先に楽しんではいかかでしょうか?
詳しい案内がりっちゃんから届いていますので、ご紹介します。

肥土山農村歌舞伎の始まりは、今から330年近く前のこと。 毎年のように水飢饉に苦しむ農民たちを救おうと、当時の肥土山庄屋 太田典徳は、何度も何度もため池を作らせて欲しいと小豆島を治める代官にお願いしました。ようやく認められて後は、私財を投げ打ち、想像を絶する苦労の末に3年もの月日をかけて蛙子池を完成させたのです。 蛙子池から初めて水が流れてきたのを喜んだ農民たちは、典徳の行いに感謝し、農村歌舞伎を奉納しました。 江戸時代から連綿と続く小豆島の農村歌舞伎。今年も5月3日(月)、肥土山離宮八幡神社に奉納されます。 今年の演目が発表されたので、お知らせしますね。 
肥土山農村歌舞伎

 【第一幕】 三番叟(さんばそう) 15:30頃 
 【幕 間】 舞踏「京人形」 
 【第二幕】 恋女房染分手綱 重の井子別の段  16:00頃 
(こいにょうぼうそめわたづな しげのいこわかれのだん) 

「恋女房染分手綱」は、宝暦元年(1751年)に大阪 竹本座で初演された吉田冠子・三好松洛の合作で、全13段からなる。宝永4年(1707年)に初演された近松門左衛門の『丹波与作待夜の小室節』を改作したもので、『重の井子別の段』はその10段目。 関東へ下って入間家へ嫁入りすることになった、由留木家の息女 調姫(しらべひめ)、今日はその出立の日です。ところが、出立間際になって「いやじゃ」と言い出します。そこに"じねんじょの三吉"と呼ばれる子どもの馬子が呼び込まれ、姫に道中双六を披露します。姫は双六にも勝って上機嫌に。 褒美の菓子とお金をもらった三吉は、乳母 重の井の名を聞き、「俺が母様じゃ」と縋りつきます。証拠の守り袋を見た重の井は、三吉こそ別れた夫、伊達与作との間にできた一子、与之助であることを知りますが、乳兄弟に馬方がいることで姫君に傷がつくのを恐れ、今では子でも母でもないと突き放します。 母を恨む三吉。重の井は我が子を抱くこともならない奉公の身を嘆きます。我が子への愛着の情と、養君への忠義の狭間で葛藤する重の井。やがて出立の時刻となり、三吉は涙ながらに馬子唄を歌います。 「坂は照る照る 鈴鹿は曇る。間の土山雨が降る。」 降る雨よりも親子の涙、中に時雨る雨宿り〜〜〜「幕」。 重の井の葛藤、自らを否定された三吉(与之助)の絶望、二人の思いを乗せた段切の馬子唄も聴きどころのひとつです。 
 【幕 間】 口上 
【第三幕】 菅原伝授手習鑑 吉田社車引きの場  17:40頃       
(すがわらでんじゅてならいかがみ よしだしゃくるまひきのば) 
近松門左衛門の『天神記』原作。延享3年8月、大阪 竹本座で「人形浄瑠璃」で初演。平安時代の菅原道真失脚事件を題材にしたもので、全5段からなる。『義経千本桜』、『仮名手本忠臣蔵』とともに、義太夫狂言の三大名作と言われる。 『吉田社 車引』の場は、その三段目の初場。松王丸:実事、梅王丸:荒事、桜丸:和事と、三様の人物がそれぞれ役柄に合った演技を見せる場となっており、歌舞伎の様式美が凝縮された演目となっている。時平公が、公家荒れという怪異な風貌で登場する。 時は平安時代の中期、醍醐天皇の時代。 政治は左大臣 藤原時平と右大臣 管丞相(菅原道真)が勢力を二分し、管丞相は人望厚く、帝からも絶大な信頼を得ていますが、政敵 時平公の陰謀により、大宰府へ流罪となります。それを巡って、菅家の家臣・四郎九郎(白太夫)の三つ子の兄弟、松王丸、梅王丸、桜丸の活躍が繰り広げられます。 梅の花が香るある日、吉田社前で梅王丸と桜丸が出会います。そこへ偶然、管丞相を憂き目にあわせた政敵 藤原時平を乗せた牛車が参詣のために通ります。 恨みを晴らす機会到来と、二人は時平の乗った牛車の前に立ちはだかりますが、そこへ時平の舎人、松王丸が現れて、時平公への忠義を示さんとばかりに二人の兄弟に容赦ない態度で出てきます。 3兄弟がもめている最中、力任せに牛車を引き戻そうとすると牛車は壊れ、中から藤原時平が現れます。梅王丸と桜丸はその眼光の凄みに射すくめられますが、松王丸の忠義に免じて2人は命を助けられます。3兄弟は、父の70歳の賀の祝の後に決着をつけることを約束して別れていきます。 

 【幕 間】 津軽三味線 
 【第四幕】 恋飛脚大和往来 梅川忠兵衛 新口村  19:10頃     
(こいのたより やまとおうらい うめかわちゅうべえ にのくちむら) 
近松門左衛門の人形浄瑠璃『冥途の飛脚』が原作。正徳元年3月、大阪 竹本座で初演された。通称「梅川忠兵衛」と言われ、序段〜三段目まである。「恋飛脚大和往来」はこれを歌舞伎化したもので、和事の代表作の1つとして知られる。特に二段目:「封印切」と、三段目:「新口村」は人気の高い場面となっている。 忠兵衛は大阪の飛脚宿・亀屋の跡継ぎ養子で、廓の井筒屋の傾城 梅川と惚れ合った仲となります。梅川の身請けのことで、恋敵 丹波屋八右衛門と喧嘩となったことから、切羽詰って持っていた飛脚の金三百両に手をつけ、身請けに使ってしまいます。「封印切」は大罪であり、捕手に終われる身となった二人は、生まれ故郷の大和の国新口村へ逃げ延びます。この場が二段目「封印切」。 この世の名残に父、孫右衛門に会って別れを告げたいと、追手を逃れて新口村まで辿り着いた忠兵衛と梅川ですが、そこには既に密偵が入り、代官を通じて事件の事は村中に知らされていました。そんな中、帰ってきた孫右衛門の鼻緒が切れて転んだのを見た梅川がこれを助け、鼻緒を繕います。息子を想う父親と、梅川の心情が絡み合う場面が、三段目「新口村」の見どころ。叙情性豊かな雪中での別れで幕となります。 肥土山農村歌舞伎は、5月3日(月)15時30分〜20時(小雨決行)。 お車で来られる方は、旧大鐸小学校が駐車場です。 byりっちゃん

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2010.04.16

ひしお丼 登場

井上誠耕園 忠左衛門カフェの「ひしお丼」。 ご飯に、醤(ひしお)とオリーブオイルが、絶妙なバランスでかかり、オリーブオイルで揚げた野菜やお魚が、たっぷりとのっています。 

白身魚を素麺でまいて、揚げたもの。絶品です。 siromisakanasoumen−1.jpg 
素麺も、オリーブや醤油と並んで小豆島の人の暮らしを支えてきた大切な産業の一つです。

 「醤の郷」と呼ばれる地域で、ホテルやカフェなど、いろいろな店の方が集まって店ごとに違えたオリジナルのひしお丼をつくっています。詳しくはこちらを。 

ところで、「醤(ひしお)」ってわかりますか? 
食品を麹と食塩で発酵させた調味料や食品のことです。醤から大豆を原料として発展させたものが醤油です。 辞書によると、 
1 (醤) 大豆と小麦で作った麹(こうじ)に食塩水をまぜて造る味噌に似た食品。なめ味噌にしたり調味料にしたりする。ひしお味噌。 醤油のもろみの、しぼる前のもの。 
2 (醢)魚・鳥などの肉の塩漬け。 

小豆島は400年の歴史を持つ、醤油の日本4大産地の内の一つ。地元では、「瓶入りの醤油しか使わない」「数種類を使い分けている」という人も多数いらっしゃるそうです。 そんな"ひしお通"たちが生み出したのが「ひしお丼」。ひしお丼巡りも楽しそうですね。

Posted by 明かり