日々の瀬戸内国際芸術祭の様子や瀬戸内のいいひと、いいこと、いいものをお伝えしていきます。

瀬戸内宝探し:小豆島

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2010.10.23

肥土山農村歌舞伎特別公演

瀬戸内国際芸術祭2010肥土山農村歌舞伎特別公演を見てきました。


「第一幕 三番叟」
観客の皆さんは地元の人が少なかったのかな?なんとなく探り探り見てたような感じ。静か~に始まりました。

「第二幕 恋女房染分手綱 重の井子別の段」
「第三幕 菅原伝授習鑑 吉田社車引きの場」
になるとようやく笑いあり おひねりあり 突っ込みあり。いつもの農村歌舞伎の雰囲気に・・・
そして子供歌舞伎が終了し支度部屋?で着替えがはじまると大勢の観客たちが,
芸能人でも見つけたかのようにフラッシュの嵐!ちょっと戸惑った表情でした。

最後に一緒に観覧した初対面だった丸尾クンご一行様と土庄町の岡田町長と記念撮影!あ、あとこの人たちのヒーローに一夜にしてなった三木さんも。みなさんまたお会いしましょう!そして何か島の為にやりましょう!!!

そして帰り道は前回の「鳥の劇場」の時よりもバージョンアップして本格的にわらアートがライトアップされてました。
制作に携わった者としては至福の時間でした。
帰りは今回は地元の方々の協力?でキャンドルのサービスがありました。
「やっばい きれいすぎる」「島いいねーーー」観光客の皆さんのそんな言葉を聞きながら帰りました。

Posted by マサゴアツシ

2010.10.23

桟敷から見る太鼓台の競演 -

小豆島・池田 亀山八幡宮 秋祭り 後編 さて、午前中に亀山八幡宮へ奉納された太鼓台は、 午後になると坂をくだり瀬戸内海に面した馬場に集結します。 何度か車で前を通るたびに気になっていたこの景観。 池田の桟敷は、国の重要有形民俗文化財に指定されていて、 200年ほど前の1812 年以前に構築されたと推定されています。 ブルーシートで覆われている小屋が桟敷席になっていて 昔は地域の権力者しか座ることが出来なかったそうですが、いまは購入することができるそうです。 個人的にはこのブルーシートのデザインをどうにかしたいと思う今日この頃です。 桟敷は、高さが約18m、長さが約88mもあります。土手の自然地形に這うように石垣が6〜7段重ねられています。 隙間を縫うようにして急な桟敷を登ります。子どもを抱えて登るのは大変そう。 亀山八幡宮ののぼり旗。よく見ると年号が書いてあります。年々増えていくのでしょうか。 ちなみにこの時期、小豆島の各地で秋祭りが開催されているのですが、 内海八幡では約8mあるのぼりを片手で持ち上げ、額や肩で受ける「幟さし」が見所になっています。 葦田八幡では清めの獅子舞、池田亀山八幡では海から太鼓台を宮入りさせる「オシコミ」など、 同じ小豆島でも地域によって様々な違いがあるのがとても面白いところです。 桟敷の脇に佇む社。 太鼓台と同様、ここにも龍神様の彫り物があります。 祭りに集まる人達。手作り乳母車。小豆島でも「おんば」と呼ぶのでしょうか。 午後になると徐々に桟敷に人が集まってきます。 祭りの日、池田の人々は、ござを敷いて家族や友人と一緒に、 わりご弁当とお酒を楽しみながら、祭りを見物します。 巫女の舞。子供たちが踊ります。 馬場に太鼓台がはいってきました。 地元の子供達も上から眺めています。 鳥居をくぐって次々に太鼓台が集まります。 桟敷の上の方には柿の木に実がなっています。 下から桟敷を見上げるとこんなかんじ。観客がいっぱいいます。 池田 亀山八幡宮の太鼓台競演では、太鼓台を左右へ横倒しにする「かえし」が行われます。 太鼓台を横にひっくり返すのと同時に横棒役の若者が軽業師のようにひょいっと乗り移ります。 太鼓台なので中に太鼓をたたく子どもたちが乗っているわけですが、 横に倒れている間、子どもたちはいったいどうなってるのでしょう。 石垣も含めて祭りの景観がつくられています。 皆さんいい表情してます。 鳥居のあたりはこれから競演する太鼓台が列をなしています。 桟敷のそばにある社付近も見物客で賑わっています。 子ども、若者、おじいちゃんおばあちゃん、様々な人達が楽しそうに太鼓台の競演する姿に見入っています。 桟敷の最も高いところ。ここからの眺めは最高です。 向こうに見えているのは、小豆島八十八ヶ所第42番札所の西の滝のある大麻山。 西の滝には、龍にまつわる伝説が残っています。 およそ200年前、1811年に三木算柳によって描かれた亀山八幡宮祭礼の様子。 当時も賑やかに祭礼が行われ、地域の人達が楽しんでいる様子がわかります。 桟敷の構築が1812以前とあるので、この絵馬が描かれた翌年には確実に桟敷ができあがっていたようです。 奉懸富社御祭禮之圖(亀山八幡奉納絵馬)。 (小豆島町長 町長の「八日目の蝉」記より) 本記事はこちら。動画もあります。 Posted by 坂口祐 (you sakana)

Posted by 坂口祐 (you sakana)

2010.10.21

次々に太鼓台が奉納されるのを見てきました 。

小豆島・池田 亀山八幡宮 秋祭り 前編 

この時期は小豆島の各地で秋祭りが開催されています。 以前、車で通ったときに見た池田にある桟敷の景観がとても印象的で いつか、ここで催されるお祭りを観てみたいとおもったのでした。 太鼓台奉納の前編と、桟敷での太鼓台競演の後編にわけてお送りします。

   
太鼓台を手こぎの和舟で宮入させる神事のことを「オシコミ」と言います。 
写真は太鼓台を和舟にのせて帰るところ。

   
このオシコミ、約200年前から行われている神事だそうで、 
木造六丁艪(ろ)の和舟「皇子丸」に太鼓台を乗せて
亀山八幡宮の馬場先の浜辺まで運び、宮入します。 
小豆島町の無形民俗文化財に指定。

   
祭りの会場、亀山八幡宮に向かう人達。 
お祭りのはじまる前と、終わった後の路地の風景が結構好きです。

   
神社付近の路地裏にはいると、亀山八幡宮に向かう太鼓台でいっぱい。

   
太鼓台には龍神が掘られています。この地域でも雨乞いの神具としての意味があるようです。

   
亀山八幡宮までの道、各地から集まった太鼓台が列をなしています。

   
亀山八幡宮の鳥居。この先が上り坂になっています。

 
坂の上からみるとこんな感じ。1トン以上ある太鼓台をひっぱりあげるのは大変そう。

   
もうすぐ坂の頂上。
よく見ると担ぎ手以外にも指示をだしたり塩をまいたりいろんな役割があるようです。

   
亀山八幡宮入り口。太鼓台はこの右側脇を通って本殿へ向かいます。 
派手な首輪をした狛犬がお出迎え。

   
本殿前にも見物客がいっぱい。太鼓台奉納の儀式を見守っています。

   
首輪が派手な、狛犬も見守っています。

   
太鼓台を頭上高く持ち上げて舁くことを「差し上げ」と言います。 その他にも、太鼓台左右へ横倒しにする「かえし」をはじめ、放り上げる、大きく揺らす、回転させる、複数で練り競う(かきくらべ)など 地域によってその動作は様々あり、祭礼ごとに異なるようです。

   

道の脇から太鼓台を見守る人達。 午後からは、池田の桟敷に太鼓台が集まります。
つづく。 本記事はこちら。動画もあります。

Posted by 坂口祐 (you sakana)

2010.10.16

鳥の劇場

鳥の劇場&わらアート(夜の部) 鳥の劇場の「老貴婦人の訪問」小豆島公演を見てきました。 場所は肥土山農村歌舞伎舞台。 はじめて見る演劇。



はじめはプロの演技の迫力や音やスピードに圧倒されっぱなし。。。 時間が経つにつれ寒さもぴょんぴょん飛んでくるカエル(笑)も忘れ見入ってしまいました。

 結局最後の結末は良かったのか悪かったのか? とにかく良くも悪くも変わった!という事。 なんとなく考えさせられました。 

しかし地元の人の協力は凄いものがあります。 本当に「鳥の劇場」「地元の人」「こえび隊」「お客さん」携わった すべての人々によって大成功になったのでは? 本当にお疲れさまでした。

 終了後の帰りにわらアートを見ながら帰りました。 
月明かりに照らされた「マンモス」 

 真黒い海から顔を出してる「クジラ」
 

 そしてスポットライトと浴びてる「フォリー」
 

わらアートを見ると地元ではないけど「久しぶりに帰ってきた」 と思いました。 

23.24日の中山、肥土山の農村歌舞伎特別公演へお越しの方は 必ず寒さ対策をしてお越しください。 思った以上に夜は冷えますよ!

Posted by マサゴアツシ

2010.10.15

3年赤組全員でこえび隊活動をしました。

ぼくはふぞく高松小学校3年赤組の川田一稀です。 

ぼくのクラスでは3年生になってからず〜っと瀬戸内国際芸術祭をもりあげようと、かいの木活動で取り組んできました。 

10月15日に3年赤組だけで小豆島に遠足に行くことになりました。 ほかのクラスは来月に五色台にみかんがりに行くそうです。 ぼくたちのクラスだけは小豆島に遠足だけど、ただの遠足じゃなくてこえび隊にクラスの全員がなって、芸術祭をもりあげるために小豆島に活動に行くことになりました。

ぼくは今までこえび隊をするときは家族で行ってました。友だちといっしょにこえび隊をするのははじめてです。すごく楽しみでした。 

遠足をこえび隊の活動にするのも、みんなでかいの木活動の時間に話あって決めました。 かいの木活動は学校のじゅぎょうのことです。 

15日の朝に学校から船にのるところにあるいていってると、ぼくの名前をよぶ声が聞こえました。 みいさんの声みたいだったから見てみると、みいさんでした。 みんなであるいてたから、ぼくは「こんにちは。」くらいしか言えませんでした。 またこんどみいさんと話したいです。 みいさんによばれた後、みんなに「だれ?」って聞かれました。「みいさん」って言ったけど、みんなは、アーキペラゴのみいさんの名前も顔を知らないので、分からなかったそうです。

ゼンコンに行くと北川フラムさんがいました。 北川フラムさんは仕事がいそがしいのに来てくれて、たくさんの人が芸術祭に来てくれてるとか、島の人たちも元気になったとか色々話をしてくれました。
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そのあと船にのりました。 船にのってる人たちにあいさつして、芸術祭のせんでんをしたり、インタビューしたりしました。
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船をおりるとさいしょにスードホーさんのあみのトンネルみたいなところに行きました。 あみのトンネルに引っかかってるワカメみたいな海草をのけたり、砂浜のそうじをしました。
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 この日は朝からぼくたちのクラスをテレビや新聞の人が取材にきていました。 たんにんの河田先生が取材されていました。 後で取材のときになんて言っていたのか河田先生に聞いてみました。 

先生は 『瀬戸内国際芸術祭をもり上げる活動を通して,次のような子どもに育つことを期待しています。 

「自分でもできる!」と自分に自信がもてる子。 
「みんなと協働することって気持ちいい」と感じられる子。 
「自分の住んでいるところってすばらしいところなんだ」とほこれる子。
 そして, 「これからもみんなと一緒に地域をよりよくしていきたいな」と未来を語れる子。  

地域に根をはり,地域に自分の足で立った実感,様々な人と協働して問題解決をはかったけいけんこそ,子どもたちの人生を支える力になると信じています。 瀬戸内国際芸術祭は、未来を支える子どもたちが 大きく強く育つ最高の教室です。』 と河田先生は言っていました。

ぼくにはむずかしい言葉が多いから、お父さんに教えてもらいました。 

あみをきれいにした後、みんなで写真をとってお昼ごはんにしました。 お昼ごはんは農村かぶきのところで食べました。 お昼ごはんを食べたあとはワンさんの作った小豆島の家に行きました。 そこではみんなで滝の音を聞いたり、ボーっとねたりしていました。 
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次はわらアートに行きました。 ぼくはクジラが気に入りました。クジラの中に入ったりできておもしろかったです。 どれも思ってたより大きくてびっくりしました。
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次はもう船にのって高松に帰りました。 帰る船では今日のまとめをノートに書きながら帰りました。 ほんとうに楽しかったです。 
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ぼくは3年生になって河田先生がたんにんの先生でよかったと思いました。 芸術祭をもり上げる取りくみをしてなかったら、松本先生や八木先生や川島先生やきし先生や谷先生やみいさんやあきこお姉ちゃんにも会えなかったからです。 

こえび隊の人たちやよく朝新聞の人ともなかよくなれてうれしいからです。 また友だちといっしょにこえび隊の活動をしたいし、まだ行ってない島にも行きたいです。

Posted by 一稀

2010.10.12

江戸時代から地元に愛されている小豆島 中山農村歌舞伎をみてきました。

江戸時代から300年以上もつづく小豆島 中山農村歌舞伎を見てきました。最盛期には30箇所以上あった農村歌舞伎ですが、いまは肥土山地区と中山地区だけに残っています。 中山地区には日本棚田百選に選ばれている千枚田があり、肥土山も谷戸地形で水田が広がっています。水田が残る地域は畑仕事と違い、ゆる抜きをしていっせいに田植えがはじまるので、地域のつながりが比較的強いのだそう。一説にはそのことが300年以上もの間、農村歌舞伎が続いてきた秘訣なのだとか。

 中山の千枚田の途中にある春日神社。歌舞伎の舞台は国指定重要有形民俗文化財 歌舞伎といえばお弁当。 こまめ食堂さんにお願いしてつくっていただいたわりご弁当風のお弁当。おいしかった〜。 カメラマンがたくさん構えています。NHKも来ていました。 稲瀬川勢揃いの場。小学生3〜6年生の芝居。みんな凛々しい 白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場。文久2年(1862年)、江戸市村座初演。ちなみに、「白浪=志ら浪」とは盗賊の意味です。 当日飛び込みの立見席もいっぱい。 幕間の解説。出演した子供たちのインタビュー。「おじいちゃん見てた〜?」 「浜田んとこの眼鏡屋で買った老眼鏡」といった地元ネタでどっと笑いがおこるのも農村歌舞伎の見所 最後に中山歌舞伎保存会長の矢田さんから挨拶と三本締め。すごいエネルギーあふれるおじいちゃんです。日本には形だけ残された文化遺産がほとんどのなか、人が関わり270年もの間、今も生きた文化としてここまで地域に愛されながら受け継がれているのを実感でき温かい気持ちになりました。 瀬戸内国際芸術祭は、現代芸術の祭典だと思われがちだけど、現代アートがきっかけになって地元の風土に触れるのがその醍醐味だと思います。これから、小豆島をはじめ各島々でも秋祭りが開催されますので、あわせて御覧になるとよりいっそう楽しい旅になるかと思います。

Posted by 坂口祐 (you sakana)

2010.10.12

小豆島の家が歌舞伎座に!

まだお祭りの余韻の残る中山農村歌舞伎で歌舞伎の化粧デモンストレーションが行われました。 

歌舞伎役者に変身した香港の学生さん達が王さんの家まで練り歩き、家の中でお茶会をしてくれました!

 全員でポーズをとるとなかなか迫力がありました。 近くで見るとちょっと怖いかも。

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Posted by elly

2010.10.06

花がため

小豆島では、来週11日から「秋祭り週間」に入ります。地区ごとに日にちをずらして一週間ほど続きます。

安田地区では、その前に「花がため」を行い、祭りの打ち合わせをして役員を決めます。

役の割り振りと13日の八坂神社例大祭の打ち合わせ、15日の八幡神社の詳細。 今年は木庄と安田の合併50周年ということで木庄から中太鼓を安田まで担いでその後安田の大太鼓、小太鼓と3台揃う予定です。 3台同時にかつぐのは無理かとは思いますけど・・・。   

役員と言っても安田地区だけで70名くらい居ます。 今年は太鼓副総代という役があたっています。 各部所の役割確認と15日までの組み立てとかの日程。 当日の時間割とかかきかたの打ち合わせ。 最後に結束を固める意味で乾杯で食事。 終わるまで3時間くらいでお開きとなります。 今年もある程度大きな役がまわってきそうです。

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Posted by シマショク

2010.10.05

10月10日(日)は、中山農村歌舞伎

プログラムです。

【第1幕】 三番叟 

【第2幕】 青砥稿花紅彩画 稲瀬川勢揃いの場(子ども芸)(あおとぞうし はなのにしきえ いなせがわ せいぞろいのば)  
白浪五人男として有名なこの場面は、第四幕の浜松屋の場の続きに当たります。  

日本駄右衛門を首領とする白浪五人男は、浜松屋での強盗をあきらめ、鎌倉の稲瀬川のほとりに落ち延びてきます。そこに捕り手が現れました。実は、迷子の子どもを捜す村人たちを装って、役人たちが網を張っていたのです。  

腕に自信のある五人組は、それぞれに自慢の名乗りを上げた後、立ち回りで役人を軽くあしらい、追っ払います。そして、目立たぬようそれぞれに道を違えて落ちて行くのでした。 


【第3幕】 恋女房染分手綱 重の井子別の段 (こいにょうぼうそめわけたづな しげのいこわかれのだん)  
丹波国の大名・由留木家の奥座敷。幼い息女の調姫(しらべひめ)は、親の決めた東国への嫁入りが嫌で、東下りも頑なに拒む始末。そこに"じねんじょの三吉"と呼ばれる子どもの馬子が呼び込まれ、姫に道中双六を披露します。姫は双六にも勝って上機嫌に。  

褒美の菓子とお金をもらった三吉は、乳母 重の井の名を聞き、「俺が母様じゃ」と縋りつきます。証拠の守り袋を見た重の井は、三吉こそ別れた夫、伊達与作との間にできた一子、与之助であることを知りますが、乳兄弟に馬方がいることで姫君に傷がつくのを恐れ、今では子でも母でもないと突き放します。  

母を恨む三吉。重の井は我が子を抱くこともならない奉公の身を嘆きます。我が子への愛着の情と、養君への忠義の狭間で葛藤する重の井。やがて出立の時刻となり、三吉は涙ながらに馬子唄を歌います。 「坂は照る照る 鈴鹿は曇る。間の土山雨が降る。 降る雨よりも親子の涙、中に時雨る雨宿り〜〜〜。」 


【第4幕】 絵本太功記十段目 尼崎の場 (えほんたいこうき じゅうだんめ あまがさきのば)  
主君・尾田春永から辱められた武智光秀は、ついに耐えられなくなって謀反を決意し、これを討ちます。一方、高松城主・清水宗治と対峙していた真柴久吉は、これを知ると宗治を切腹させ、急ぎ小梅川(史実の小早川)と和睦を成立させます。  

しかし、光秀の母である皐月は、これに怒って家出してしまい、光秀は腹を切ろうとするが諫められ、久吉を討つため御所に向かいます。皐月は尼崎に引きこもりますが、光秀の子、十次郎と、その許婚である初菊と祝言を挙げ、十次郎は出陣します。 その時、ある僧が宿を求めていましたが、後から来た光秀は、これを久吉と見破り、障子越しに槍で突きます。だがそこにいたのは皐月でした。そこへ瀕死の光秀が帰ってきて、もはや戦況は絶望的になります。皐月も十治朗も死んでしまい、動転した光秀の前に久吉と加藤正清が現れ、後日天王山で再び会うことを約束し、去っていくのでした。 

 10月10日(日) 午後5時開幕 小豆島町中山『春日神社』

 ※ こまめ食堂では当日、わりご弁当風のお弁当を販売します。 
@1000円 ご予約は、TEL0879−75−0806   


Posted by 明かり

2010.10.03

中山農村歌舞伎メイクアップ

10月10日(日)夕方より小豆島中山地区で農村歌舞伎(地芝居)が開かれます。 今日はその歌舞伎の衣装合わせや化粧の練習会があったようで、いつもは締まっている歌舞伎の舞台の上には白いお顔のモデルさんがいっぱい。 いよいよ来週!夜の9時くらいまでやってますよ。 お時間ある方はぜひ見に来てください。

 夜は冷えるので敷物や温かい服装をお忘れなく。 

ちなみに、今日から10月一杯、中山歌舞伎舞台の戸板が外され、無料公開されています。瀬戸内国際芸術祭@小豆島にお越しの際は、ぜひご覧ください。

Posted by やまちゃん

2010.10.02

江戸時代から地元に愛されている小豆島 中山農村歌舞伎をみてきました。

江戸時代から300年以上もつづく小豆島 中山農村歌舞伎を見てきました。 最盛期には30箇所以上あった農村歌舞伎ですが、 いまは肥土山地区と中山地区だけに残っています。 中山地区には日本棚田百選に選ばれている千枚田があり、 肥土山も谷戸地形で水田が広がっていす。

水田が残る地域は畑仕事と違い、ゆる抜きをしていっせいに田植えがはじまるので、 地域のつながりが比較的強いのだそう。 一説にはそのことが300年以上もの間、農村歌舞伎が続いてきた秘訣なのだとか。
 
中山の千枚田の途中にある春日神社。歌舞伎の舞台は国指定重要有形民俗文化財

 
歌舞伎といえばお弁当。 こまめ食堂さんにお願いしてつくっていただいたわりご弁当風のお弁当。 おいしかった〜。

  
カメラマンがたくさん構えています。NHKも来ていました。

  
地元の小学生。夏休みや放課後に練習を重ねたのだそう。

 

 
稲瀬川勢揃いの場。小学生3〜6年生の芝居。みんな凛々しい
  白浪五人男 稲瀬川勢揃いの場。文久2年(1862年)、江戸市村座初演。 ちなみに、「白浪=志ら浪」とは盗賊の意味です。
  
当日飛び込みの立見席もいっぱい。

 
 
 
   
幕間の解説。出演した子供たちのインタビュー。「おじいちゃん見てた〜?」

 

 
「浜田んとこの眼鏡屋で買った老眼鏡」といった地元ネタでどっと笑いがおこるのも農村歌舞

  
最後に中山歌舞伎保存会長の矢田さんから挨拶と三本締め。すごいエネルギーあふれるおじいちゃんです。 日本には形だけ残された文化遺産がほとんどのなか、人が関わり270年もの間、今も生きた文化としてここまで地域に愛されながら 受け継がれているのを実感でき温かい気持ちになりました。 

瀬戸内国際芸術祭は、現代芸術の祭典だと思われがちだけど、 現代アートがきっかけになって地元の風土に触れるのがその醍醐味だと思います。 これから、小豆島をはじめ各島々でも秋祭りが開催されますので、 あわせて御覧になるとよりいっそう楽しい旅になるかと思います。

Posted by 坂口祐 (you sakana)