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2011.07.18
7月17日 大豆プロジェクト 午前の部
17日(日曜)超快晴の豊島甲生の大豆プロジェクト。2回目。
朝8時半に畑に着くと、すでに作業は始まっていました。
2週間前の3日に苗付けした畑は、大豆と草と、長雨の後の日照りでカチカチ状態。
植松さんのミニ耕耘機で土起こしをしながら、草もすき込んでいきます。
それを、大豆によせて畦をつくっていきます。
大豆もそれなりに成長しています。これから、グっぐっと伸びて行くそうです。
ルツコさんに教えてもらい、畑仕事初挑戦。
ちょっとぎこちないですが、だんだんコツを覚えていきます。
初心者でも数は力。少しずつですが、のこりが消えて行き。
約1時間ではい、このとおり、上出来です。あと、一ヶ月後にもう一回草さらえをします。
はい、参加の皆さん、記念写真。毎回の島のお母さん方ありがとうございます。
前側がルツコさん
畑からの帰りには、軽トラの荷台に全員のってお家に帰ります
植松さんちで、シャワーを浴びて休憩していると、コジマさんがやってきて、
熱い島の産廃運動の歴史を語ってくれます。何度聞いても、ウルウルしてくる出来事。
Posted by たくみ
2011.01.31
豊島レモンマーマレード
「まるで宝石のようでしょう。」
レモンマーマレードを作っている方からお聞きした言葉。
豊島にある知的障害者の方とスタッフが暮らす社会福祉法人「みくに園」で作られたレモンマーマレード。
レモンは、もちろん豊島で大切に育てられたものです。しかも農薬を使わず育てている岡本さんのレモンです。この季節、青かったレモンが、だんだんレモン色に色づいてきます。
ある時、岡本さんのレモンに出会い、その魅力に惚れてしまったことで、美味しくて、美しいレモンマーマレードが誕生しました。
光をあてて見ると、本当に宝石のように見えます。よくあるレモンマーマレードは皮を細切りにしていますが、みくに園のは角切りにしています。
これも、皮にしっかりとした厚みがある岡本さんのレモンだから出来ること。口に入れた時、最初に感じる甘みと、レモンを噛んだ後、じわっとくる苦味とのハーモニーが、なんとも言えません。
10年前に豊島に200本ほど植えて、今では、8000本ほどになるそうです。
レモン色と青い海。
岡本さんとみくに園の方に島への想いや夢をお聞きすることができました。
一個のレモンが、多くの幸せを運んでくる。
豊島には、素敵な人たちがたくさんいます。
豊島レモンマーマレードは、高松の兵庫町にあるお店「アーキペラゴ・ストア こえびポート店」でも購入できます。
豊島レモンマーマレードを使った、レモンロールケーキ。
岡本さんのレモンを入れたスポンジに、レモンマーマレードが、しっかりと塗られ、爽やかな香りと味がします。
Posted by 明かり
2010.11.12
豊島のお母さんの味「うらら」
瀬戸内国際芸術祭2010は終了しましたが、好評により半分以上の作品が各島で継続展示されます。期間中、見逃していた豊島美術館へ。豊島美術館と直島の地中美術館のみ、年内、瀬戸内国際芸術祭2010のパスポートが使えます。
その前に、豊島のお母さんの味を味わえる「うらら」で腹ごしらえ。高松から家浦港に着いて家並みを歩けば5分ほどで到着です。
手づくり看板が目印です。
普通のお家です。玄関を入り、通された部屋も普通のお部屋です。こたつテーブルと長テーブルが置かれています。こちらも普通です。生前おばあちゃんが使っていたこたつテーブルだそうです。普通なのですが、なんだか心地よい。いえ普通だから心地良いのかな?
お部屋からは、広い庭を眺めることができます。穏やかな秋の日差しが良い気持ち。お部屋も、おばあちゃんのお部屋でした。
おばあちゃんは、ご自身のことを「うら」と話されていたそうです。そこでお店の名前を「私ら」=「うらら」と決めたそうです。おばちゃんのことを話してくれるお母さんの顔は穏やかです。
いいなぁ、おばあちゃんが大切にしていた、モノや部屋やお庭を通して、おばあちゃんのことが受け継がれていくなんて、いいなぁ。
今日のメニューは、ちらしずし、揚げたての天ぷら、まったけのお吸い物、豊島沖で釣った鯛のお刺身、いぎす豆腐、こえびの炊いたもの。これで1000円。ボリューム満点。
お刺身は甘く、ぷりぷりしています。新鮮だから、色もきれい。
いぎす豆腐は、いぎすという海藻を、何度も何度も洗って、掃除して手間をかけて作られる島の伝統料理です。手間がかかりすぎて、最近では、お家で作る人も少なくなったようです。爽やかな磯の香りがたまりません。
わざわざ、「こんな海藻なんよ」と言って、出してくださいました。おかあさん、ありがとうございます。
横のテーブルに座られていたお父さんに豊島のみかんも頂きました。甘いです。
この心地よさ、さぞかし芸術祭期間中は、忙しいことだったのでしょう。と聞いてみると、混みだしたのは、10月入ってからで、8月9月はガラガラだったそうです。穴場中の穴場です。
豊島に来られる方に、豊島でとれたものを、一番美味しい時に、食べてもらいたいと始めたお店「うらら」。お魚も、豊島沖でとれた新鮮なものを食べてもらいたい。できるだけ冷凍はしたくない。と思われているので、悩みは仕入れの数。心配で眠れないこともあるようです。
本当は、いつでもふらりと来てもらいたいけれど、これからは、予約をとるようにしようかしらね。と話していました。
豊島のお母さんの味を食べたくなったら、「うらら」へ、どうぞ。
お電話してから、行ってくださいね。
tel:0879−68−2352
Posted by 明かり
2010.03.19
香川遺産ツアー 豊島編
豊島に行ってみたい・・・
でも、島では、交通手段に困ってしまうもの。
そして、見どころもわからないし。。
ということで、香川遺産・豊島ツアーのご紹介です。
ツアー旅行なんて、苦手、という方もいるかもしれませんが、
ここはひとつ、
芸術祭の前に、ぜひ、豊島を知るチャンスです。
内容
●日本最大の産業廃棄物不法投棄事件の経緯と処理施設の視察。
行政のあり方、ゴミ、環境問題など、世の中の本質を見つめるきっかけとなるはず。
●農家サミット
各分野の方々を交えて食事を囲みながら「食」を通して地域の循環や協同性について考える座談会。
できるだけありのままで虚飾のない体験ができる旅になればと思います。
◎スケジュール
2010.3.28(日)
7:20 県営第1桟橋集合
7:40 高松港発
8:10 豊島到着
豊島産業廃棄物不法投棄事件の視察(不法投棄現場、心の資料館など)
10:30 レモン収穫
12:00 農家サミット
・自然の家にて豊島のお母さん方と共同作業による昼食づくり
・食事談義 片付け
15:00 bar de HITAKIにてワインを飲む
17:20 家浦港発
皆様のご参加お待ちしております!
申込先:087-897-2600
ruby@madeinkagawa.net
●日本最大の産業廃棄物不法投棄事件の経緯と処理施設の視察。
行政のあり方、ゴミ、環境問題など、世の中の本質を見つめるきっかけとなるはず。
●農家サミット
各分野の方々を交えて食事を囲みながら「食」を通して地域の循環や協同性について考える座談会。
できるだけありのままで虚飾のない体験ができる旅になればと思います。
◎スケジュール
2010.3.28(日)
7:20 県営第1桟橋集合
7:40 高松港発
8:10 豊島到着
豊島産業廃棄物不法投棄事件の視察(不法投棄現場、心の資料館など)
10:30 レモン収穫
12:00 農家サミット
・自然の家にて豊島のお母さん方と共同作業による昼食づくり
・食事談義 片付け
15:00 bar de HITAKIにてワインを飲む
17:20 家浦港発
皆様のご参加お待ちしております!
申込先:087-897-2600
ruby@madeinkagawa.net
香川遺産 http://blog.madeinkagawa.net/
Posted by kozueh
2009.07.18
みよしみあわせ
火曜日の朝には、豊島の海苔の漁師の大西さん(Oさん)に船を出してもらって、小豊島の船大工さんを尋ねました。(あとでわかったのですが、Oさんの奥さんは小豊島のご出身だったので、大工さんと心安かったから紹介を引き受けてくれたんだそうです)豊島の人の物事の始め方には、あらかじめ電話でアポなどは取らないで、まずはいきなり訪ねていって、お家に目当ての人がいたらそこから話を始める・・という方法が多いです(私の知る限りでは)。こうすることによって無駄足も多いけどお話を始めたり、約束したりするには、もっとも確実な方法で、相手の都合も顔色や空気で感じることができる良い方法なのかもしれないと思いました。(よく考えたら、アポを取るということは、その時間は私のために空けておいてね。と相手を拘束することでもあるのですね)
よって、マロンの「船大工さん初訪問&インタビュー」についても、その方式に則って行われました。ようするにアポなし。。。9時40分 オープンカー(軽トラ)で唐櫃漁港到着。
待機していてくれたOさんの漁船に乗り込んで小豊島へ向けて出港します。

この日はめちゃくちゃ暑かったのですが、快い速度で走る漁船の上は涼しくて別世界です。

豊島から小豊島の海峡には、船の免許教室で習った「洗岩」とか「暗岩」がちらほら。。
当然のことながらOさんの頭には海図がしっかり入っているので、難なく通り抜けます。

10分も走らないうちに小豊島に到着しました。豊島もマロンにとってはとても非日常なところですが、小豊島はもう一段深い異国でした。
静かな静かな漁港から見上げると緑の濃い山。
この島は人が10数名しか住んでいないのですが、山の向こうの牧場には肉牛が450頭いるそうです。島に上がってすぐのところに、「畜魂碑」と書かれた石がひっそりとあります。
小豊島の船大工さんの竹内さんのお家は漁港に面したところにありました。船伝いに桟橋にあがって、「大工さんおるかなあ」と話しながら歩いていたら、偶然にも向こうから竹内さんが歩いてこられました。Oさんが必要にして最小限の言葉でマロンを紹介してくれます。
竹内さんは、突然の訪問なのに、嫌な顔ひとつせず、涼しい木陰に縁台を出してきてくれて「ここに座りんせい」と、台を進めてくれました。
10代の頃からお父さんの後を次いで和船を作っていて、現在85歳。
少しお耳は遠いのですが、しっかりと船のお話をしてくださいました。
新造の船を作る行程は、「四尋の伝馬船で7日」と決まっているそうです。(一尋は人間が両手をいっぱいに広げた長さ)
1日目は、かわらと呼ばれる船の底を作り
2日目〜5日目は外板を作り、つけ
6日目〜7日目にトダテ(魚を入れる船の中の池)をつける
材料は、べんこうと呼ばれる九州の桧が最も適しているのだそうです。豊島の桧は柔らかめで水が沁みやすいから向かないんだとか。
「なにか設計図のようなものはあるのですか?」と訪ねたら、奥から古い板に墨で、船を横から見た図を描いたものを持ってきてくれました。昭和37年 高島さんという方のために作った船で、材料は小豊島の松の木だったそうです。

教えてほしかったことのひとつに、閼伽(水)止めに、船板の隙間に差し込む材料は、楠の皮なのかどうかということでした。答えは、楠ではなく、桧の、それも外ではなく内側の柔らかい皮を紐状にしたものでした。
これも作業場の奥から持ってきて見せてくれました。(帰りには、一束を持たせてくださいました)

鐫を使って、このように閼伽を止めるんだそうです。

これは、竹内さんが20歳くらいの頃、大木を船用に製材するときに使っていた大鋸。

これは炭壷。

次に、竹内さんは船霊さんの話をしてくれました。「どんな船にも、船には神さんが乗っておるんじゃ。ふなだまさんというてな。」そして、作業場の奥からなんとその実物を持って来て見せてくれたのです。
こればかりは写真を撮ったらいけない気がして画像がありませんが、船霊さんはやはり桧で出来ていて、巨大な将棋の駒みたいな五角形をしています。よく見ると木のお腹のところに切れ目があって、相似形に小さい五角形の蓋がぴったりとはめられていました。
「このなかには、いろいろと入れるもんがあるんじゃ」
ひとつは、13円(貨幣価値の変化とともに円になったようですが)。理由はひと月1円で一年間守っていただくのですが、閏年があるので、13円入れるのだそうです。
そしてもうひとつ、「船霊さんのご神体はこれなんじゃ」と言って、竹内さんが見せてくれたものは、「えっ!!」と驚くようなものでした。
ご神体の意味は「いってんいちろく みよしみあわせ ともにしあわせ」 で、
「波や風が強い時は無理をするな。無理をしなければ家族やまわりがともにしあわせになるから。」ということだそうです。
こちらは、舵や櫂まで丁寧に作られた精霊船です。


豊島から小豊島の海峡には、船の免許教室で習った「洗岩」とか「暗岩」がちらほら。。
当然のことながらOさんの頭には海図がしっかり入っているので、難なく通り抜けます。

10分も走らないうちに小豊島に到着しました。豊島もマロンにとってはとても非日常なところですが、小豊島はもう一段深い異国でした。
静かな静かな漁港から見上げると緑の濃い山。
この島は人が10数名しか住んでいないのですが、山の向こうの牧場には肉牛が450頭いるそうです。島に上がってすぐのところに、「畜魂碑」と書かれた石がひっそりとあります。
小豊島の船大工さんの竹内さんのお家は漁港に面したところにありました。船伝いに桟橋にあがって、「大工さんおるかなあ」と話しながら歩いていたら、偶然にも向こうから竹内さんが歩いてこられました。Oさんが必要にして最小限の言葉でマロンを紹介してくれます。
竹内さんは、突然の訪問なのに、嫌な顔ひとつせず、涼しい木陰に縁台を出してきてくれて「ここに座りんせい」と、台を進めてくれました。
10代の頃からお父さんの後を次いで和船を作っていて、現在85歳。
少しお耳は遠いのですが、しっかりと船のお話をしてくださいました。
新造の船を作る行程は、「四尋の伝馬船で7日」と決まっているそうです。(一尋は人間が両手をいっぱいに広げた長さ)
1日目は、かわらと呼ばれる船の底を作り
2日目〜5日目は外板を作り、つけ
6日目〜7日目にトダテ(魚を入れる船の中の池)をつける
材料は、べんこうと呼ばれる九州の桧が最も適しているのだそうです。豊島の桧は柔らかめで水が沁みやすいから向かないんだとか。
「なにか設計図のようなものはあるのですか?」と訪ねたら、奥から古い板に墨で、船を横から見た図を描いたものを持ってきてくれました。昭和37年 高島さんという方のために作った船で、材料は小豊島の松の木だったそうです。

教えてほしかったことのひとつに、閼伽(水)止めに、船板の隙間に差し込む材料は、楠の皮なのかどうかということでした。答えは、楠ではなく、桧の、それも外ではなく内側の柔らかい皮を紐状にしたものでした。
これも作業場の奥から持ってきて見せてくれました。(帰りには、一束を持たせてくださいました)

鐫を使って、このように閼伽を止めるんだそうです。

これは、竹内さんが20歳くらいの頃、大木を船用に製材するときに使っていた大鋸。

これは炭壷。

次に、竹内さんは船霊さんの話をしてくれました。「どんな船にも、船には神さんが乗っておるんじゃ。ふなだまさんというてな。」そして、作業場の奥からなんとその実物を持って来て見せてくれたのです。
こればかりは写真を撮ったらいけない気がして画像がありませんが、船霊さんはやはり桧で出来ていて、巨大な将棋の駒みたいな五角形をしています。よく見ると木のお腹のところに切れ目があって、相似形に小さい五角形の蓋がぴったりとはめられていました。
「このなかには、いろいろと入れるもんがあるんじゃ」
ひとつは、13円(貨幣価値の変化とともに円になったようですが)。理由はひと月1円で一年間守っていただくのですが、閏年があるので、13円入れるのだそうです。
そしてもうひとつ、「船霊さんのご神体はこれなんじゃ」と言って、竹内さんが見せてくれたものは、「えっ!!」と驚くようなものでした。
ご神体の意味は「いってんいちろく みよしみあわせ ともにしあわせ」 で、
「波や風が強い時は無理をするな。無理をしなければ家族やまわりがともにしあわせになるから。」ということだそうです。
こちらは、舵や櫂まで丁寧に作られた精霊船です。

もう一つ不思議でびっくりしたことは、ヨットの話など一度もしていないのに、さきほど見せてくれた「船霊さん」を私に差し出して、『これを持っていきんせ。あんたの船に乗せんせ』と、くださったことです。あまりのことに、言葉が見つからず、「ありがとうございます」しか言えなくなっている自分がいました。
竹内さんはお酒を飲まれないということ以外、お好みがわからないので、今回は気持ちばかりの笹団子を提げていったのですが、帰り際には真顔で「もう今度は何も持ってこんでええ。あんまり気を使うんやったら、もう来れんで!」と言われてしまいました。
どこの馬の骨かもわからないマロンを、いくら知っている人からの紹介とはいえ快く迎えてくださって、「そんなことまで教えてもらっていいのですか?」というほどいろんな話をしてくれた竹内さん。
何十年も和船を作り続けた人はこんな顔と目になるんだ」と感動せずにはいられないような綺麗な竹内さんを見ていたら、悲しい話などひとつもなさらなかったのに、時折目がうるうるしてくるのでした。
いつか、近いうちに、ここにみんなを連れて来て、和船の作り方を教えてもらったり、小さな灯籠船を作らせてもらいたい。できれば人が乗れて走れる船をつくりたい。そして、できる限りのことを後の人に伝達する手伝いがしたい。
これまでにこんな挨拶で人と別れたことはないのですが、「またこの夏のうちにもう一回来てもいいですか? それまでどうかお元気でいてくださいね」という言葉が口をついて出てしまいました。この訪問は、きっとずっと忘れることのできない心に残る光景になりました。
Oさん(←マロンが大ファンになってしまった漁師さんです)、本当に本当にありがとうございました(Oさんがこのブログを見ることは絶対にないと思われますが、お礼を言わせてください)。
竹内さんはお酒を飲まれないということ以外、お好みがわからないので、今回は気持ちばかりの笹団子を提げていったのですが、帰り際には真顔で「もう今度は何も持ってこんでええ。あんまり気を使うんやったら、もう来れんで!」と言われてしまいました。
どこの馬の骨かもわからないマロンを、いくら知っている人からの紹介とはいえ快く迎えてくださって、「そんなことまで教えてもらっていいのですか?」というほどいろんな話をしてくれた竹内さん。
何十年も和船を作り続けた人はこんな顔と目になるんだ」と感動せずにはいられないような綺麗な竹内さんを見ていたら、悲しい話などひとつもなさらなかったのに、時折目がうるうるしてくるのでした。
いつか、近いうちに、ここにみんなを連れて来て、和船の作り方を教えてもらったり、小さな灯籠船を作らせてもらいたい。できれば人が乗れて走れる船をつくりたい。そして、できる限りのことを後の人に伝達する手伝いがしたい。
これまでにこんな挨拶で人と別れたことはないのですが、「またこの夏のうちにもう一回来てもいいですか? それまでどうかお元気でいてくださいね」という言葉が口をついて出てしまいました。この訪問は、きっとずっと忘れることのできない心に残る光景になりました。
Oさん(←マロンが大ファンになってしまった漁師さんです)、本当に本当にありがとうございました(Oさんがこのブログを見ることは絶対にないと思われますが、お礼を言わせてください)。
Posted by marron
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